蔵王権現について

過去も護る? 蔵王権現のご利益

 蔵王権現は苦しみのもととなる悪病や災厄、煩悩を粉砕する力を持ち、私たちが心安らかに毎日を過ごせるようにしてくれる存在です。
 まだ古墳が作られていた7世紀、役小角(えんのおづぬ)あるいは役行者(えんのぎょうじゃ)と呼ばれる呪術者がいました。小角は乱世の世の中で苦しむ人びとを救うため、奈良 吉野の金峯山(きんぷせん)という山にこもり、苦行をしながら力の強い仏が現れることを祈っていました。そのとき最初に現れたのは釈迦如来ですが、小角は今の世には力が足りないと退けました。次に現れたのは千手観音。ところがこれも受け入れず、その次の弥勒菩薩も認めませんでした。さらに祈り続けると、地が揺れ、雷鳴が轟き、岩を割ってついに蔵王権現が飛び出してきたのです。(蔵王権現の片手と片足を上げた独特のポーズは、このときの姿を表しています。)
 だから蔵王権現は釈迦如来(過去)・千手観音(現在)・弥勒菩薩(未来)のすべてのご利益を兼ね備えています。過去の後悔、現在の執着、そして未来への不安をすべて取り除いてくれる、いわば万能の存在なんですね。


まるで魔法!  蔵王権現の導き

 あるとき、蔵王権現の力を疑った男が大鷲によって断崖絶壁に置き去りにされました。男が困って後悔していると、金峯山寺の高僧が男を蛙にして下に降りられるようにしてくれたのです。その後、高僧はその蛙を蔵王権現の前に連れ帰り、霊力で人間に戻しました。これが「蛙飛び」 という伝説です。金峯山寺にはこの伝説を演じる行事があって、今日まで千年以上も続いています。
 蔵王権現は強大な力を持ち、ときには善導のために人々を叱ることもあります。この「蛙飛び」 は、そんな蔵王権現の導きを示す伝説なのです。


日本だけ! 神と仏がくっついた

 日本にはもともと神道があって固有の神さまがたくさんいました。6世紀に仏教が伝わると、新しい仏たちと古来の神さまとを結び付けて考えるようになりました。これが神仏習合という思想です。
 神仏習合の根拠が本地垂迹(ほんじすいじゃく)とよばれる説で、 神さまの本体は仏であり、日本の衆生を救うために仏(本地仏)が神として仮の姿(垂迹)を現したという考え方です。 「権現」 というのは「権に現れる」 という意味で、神と仏が一体化した日本だけにしかない特別な存在のことです。例えば伊勢神宮の天照大神は大日如来、というように、仏教をそれまでの信仰にそのまま取り込んだのです。蔵王権現もそれまでの山岳信仰と仏教が結び付いて生まれたものです。
 神さまにとって、仏と融合する神仏習合は霊力の強化につながりました。その典型が現世利益で、これは本来、神さまにはなかった霊力なんです。

 日本には蔵王権現のほかにも権現さまがいます。和歌山県 熊野地方の「熊野権現」は阿弥陀如来を本地仏とする熊野神、比叡山吉野大社の「山王権現」は釈迦如来を本地仏とする大比叡明神です。
 イスム谷中店近くの根津神社には「根津権現」という権現さまがいます。根津神社はもともと須佐之男命(スサノオノミコト)をおまつりする神社で、この神さまが十一面観音を本地仏として権現さまになったのです。
 あなたの近くにも権現さまがいたら、どんな神さまと仏さまがくっついたものか、調べてみてくださいね。


崖に建つお堂の伝説

 この蔵王権現像は三徳山 三佛寺の奥院、投入堂の正本尊です。断崖絶壁のくぼみに建つ投入堂は「日本一危険な国宝」といわれ、役行者が法力で建物ごと投げ入れたと伝わる日本を代表する木造建築物の傑作です。
 2015年4月、三徳山とそのふもとの三朝町が、世界に誇る日本の宝として、文化庁より「日本遺産」の第1号に認定されました。


あなたの知らない山伏の世界

 平安時代、山岳信仰は修験道としてますます発展しました。修験道の行者たちを「山伏」と呼びます。これは「山に伏し(寝る)、山に起きる者」という意味で、つまり山に住んで修行をする人を指す言葉です。
 弁慶が義経と共に関所を通るために山伏の格好をした、というのは有名な話ですが、山伏って一体どんな人たちなのでしょう?

 修験とは苦しい修行をして験力を得ることで、呪術獲得や祈願成就のために山にこもって修行をするのが修験道です。
 山伏は動物の殺生ができないので、死んだ動物の肉や木の実、草など、山で採れるものはなんでも食べていました。それも火を通したものは人間本来の力を弱めるとして、できるだけ生食をしていたようです。薬草にも詳しいので、医師として活躍していたりもしました。
 現代でも滝行や火渡り、水垢離(みずごり)などは修験道の代表的な修行ですが、その他にも色いろな修行が行われます。
・水絶ち 水を極限まで飲まない修行
・捨身行 切り立った崖をたすき掛けのロープだけで身を乗り出す修行
・南蛮いぶし 閉め切った堂内に煙を焚いていぶされる修行
自分の肉体を痛めつけるようなこれらの苦行は、地獄の世界に身を置くことでそれまでの穢れを消すという目的を持っています。


空飛ぶ呪術者 役小角

 修験道の開祖とされているのが、蔵王権現を生み出したという役小角です。小角は生まれつき賢く呪術で知られた実在の人物で、後に修験者たちから役行者と呼ばれ崇拝されるようになりました。
 役小角の姿を表した像の中には、両脇に鬼を従えているものがあります。これは小角が呪術によって鬼を使役するのが得意だったことを示しています。
 あるとき小角は無実の罪を着せられ、伊豆大島に流されることになりました。朝廷からの遣いが小角を捕らえに来たのですが、呪術で空を飛んで捕まえることができませんでした。そこで遣いが小角の母を人質にしたので、小角は仕方なく捕まったという有名な伝説があります。
 しかし伊豆に流された後も、夜ごと富士山まで海の上を歩いていって修行をしていたと伝えられるので、この流刑もあんまり意味はなかったようですね。
 小角は自ら修験道という宗教を作り出したわけではありませんが、その死後に‘流刑の呪術者’として修験道の開祖とされたのです。

 小角が蔵王権現を生み出したのは、祈祷によってその存在に気が付いたということで、これを感得と言います。 登山の人気が高い昨今ですが、真摯な気持ちで山と対峙しながら登山をすると、もしかしたら何かを感得できるかもしれません。


参考文献
・久保田展弘 『役行者と修験道 宗教はどこに始まったのか』 (『ウェッジ選書』22)2006.6
・宮家準 『役行者と修験道の歴史』 2000.7 吉川弘文館
・『三佛寺 蔵王権現と山陰、山陽の古仏』 (『週刊 原寸大 日本の仏像』49)2008.6 講談社
・瓜生中 「日本の明王像」 (『明王像のすべて』)2014.1 ?出版社
・金剛峯寺編 『山伏・修験道の本尊 蔵王権現入門』 2010.10 国書刊行会

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