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善財童子について

財宝に愛される善財童子

 善財童子の本名はスダナ・シュレーシュティ・ダラーカ、すなわち大商主の子スダナという意味です。
 彼が過去世で菩薩道を修していたために、生誕時に不思議な現象が起こりました。生まれた家は七宝(金・銀や瑠璃・瑪瑙などの宝石)の蔵が7つもある裕福な家で、彼が母の胎内にやどったとき、その蔵の周囲から七宝の芽がでました。その後、出家するときに蔵は大きな楼閣となっており、まわりは豪華な七宝の宝飾でおおわれていました。また、家の中に五百の宝器が現れ、味と香りのよい食物や清らかな飲み物で満たされました。これを見た占い師は、子をスダナ(善き財宝)と讃えました。ゆえにスダナ・マクーラ、すなわち善財童子と称されることになったのです。

悟りを求めて 53の師のもとへ

 善財童子は『華厳経』のなかの重要な章「入法界品(にゅうほっかいぼん)」の物語の中に登場します。文殊菩薩の導きで菩薩道を求め旅に出る物語が綴られています。
 彼は生まれながらにして賢いと評判の子でした。ある時、文殊菩薩が衆生を相手に説法しているところに遭遇。その教えに感動し、仏の教え、悟りを得たいと発心します。
 文殊菩薩に弟子入りを志願し、弟子になりましたが、文殊菩薩は学ぶべき師(善知識)を1人教えたのみでした。その師から次の師を紹介してもらい、最終的には53人の師を歴訪しました。訪ねたのは比丘や仙人、国王、高級遊女、お釈迦さまの母親である摩耶夫人など多彩な人物でした。1人ひとりから大切な教えを学びます。
 たとえば、残虐の王アナラからはあらゆる事象は幻のようなもので、固定した善悪はないという幻化(げんげ)の法門を学びました。
 摩耶夫人からは、心を浄め、心の城を防護すれば、魔の攻撃を退けることができ、煩悩から解放され何事も思うままになるという大願智幻(だいがんちげん)の法門を学びました。そして、最後に普賢菩薩のもとへ行き、如来に近い悟りを得たのです。


右図は「華厳五十五所絵巻断簡」に描かれた文殊菩薩の説法を聞く善財童子の様子です。
彫刻作品では安倍文殊院の像が有名で、2013年に国宝に指定されています。

華厳経の教えにちなんだ東海道五十三次

 東海道五十三次の53という数字は善財童子の53人の師にちなんでいるといわれています。江戸から53の宿場を経て京へ向かう道程を童子の仏像修行にたとえました。
 朝廷と幕府を結ぶ重要な幹線道路をつくり、「東海道五拾三次」と名付けたのは徳川家康です。この道は、家康公自らが信仰する奈良東大寺の華厳経(けごんきょう)の教えにのっとり、悟りを求めて旅をする道になぞらえて設けられた街道でした。

ひな人形の起源 ひな会式

 毎年4月1日から1週間、奈良県 法華寺では本尊である国宝 十一面観音の御前に高さ30cmほどの50体余りの善財童子像を並べ、国家太平を願う法要「ひな会(え)式」が営まれます。ひな会式は、鎌倉時代に行われていた記録が残っており、「ひな」は「小さい」を意味し、一説にはひな人形の起源ともいわれています。

参考文献
・水野敬三郎ほか編『日本彫刻史基礎資料集成』鎌倉時代造像銘記篇2 中央公論美術出版 2004.2
・大角修『善財童子の旅 現代語訳 華厳経「入法界品」』春秋社 2014.6
・金子啓明『文殊菩薩』(日本の美術 第314号)至文堂 1992.7
・石田尚豊『華厳経絵』(日本の美術 第270号)至文堂 1988.11

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