愛染明王について

闘うひとの味方、愛染明王

 愛染といえば、映画のタイトルにもなった「愛染かつら」と呼ばれる有名な木が大阪にあります。男性的な大樹の桂とそれに寄り添う女性のようなカズラであることから、縁結びの信仰を集めました。この木があるのは愛染堂勝鬘院(しょうまんいん)で、愛染明王を本尊としています。
 また愛染明王と聞いて、歴史上の人物を連想する方も多いのではないでしょうか。戦国武将では「愛」の一文字を兜につけていた直江兼続(1560〜1619)が有名ですね。この「愛」の字は直江の愛染明王への強い信仰を表していると言われます(愛宕明神という説も)。ほかには北条政子(1157〜1225)が源頼朝(1147〜1199)の念持仏として制作させた像が高野山に伝わっていたり、特に武家に強く信仰された仏と言えるでしょう。

多岐にわたる信仰をもつ人気の仏像

 平安時代初期、愛染明王は国家の鎮護を目的として信仰されました。平安時代後期には天皇や上皇の病気平癒、后妃の安産祈願、上流貴族が私的に行う友好祈願や敵を倒す祈願が盛んに行われました。関白や摂政を務めた藤原忠実(1078〜1162)は、愛染明王を本尊として健康などを祈願していたこと知られています。
 鎌倉時代に入るとその信仰は武家に広まり、戦勝祈願や天変地異の鎮静などを願いました。源頼朝が愛染明王に敵の討伐を願ったことが史料に残っています。

下に紹介する西大寺(奈良県)所蔵の愛染明王像は、納入品から、叡尊(えいそん・1201〜1290)を大願主とし、弟子19人が結縁して仏師 善円に造らせたもので、西大寺再興造像事業のはじめとして三宝(仏・法・僧)が永く伝えられることを願って造像されたことが分かっています。

・光背・・・日輪を表す丸い円
・冠・・・煩悩を打ち砕く五鈷鉤をつけた獅子冠
・髪・・・焔髪
・持物・・・五鈷杵・五鈷鈴・未開敷蓮華・弓・矢
・台座・・・宝瓶の上に蓮華 蓮華は敬愛を表す

様ざまなものを握る左手

 愛染明王の一番後ろの左手は何も持っていません。願い事を成就させるため、敵を倒す呪詛や恋愛成就の対象となる人物の名前を書いた紙をこの空いた手に持たせるのです。
 たとえば、『覚禅鈔』には平安時代末の後三条天皇(1034〜1073)が、自らの即位のために異母兄の後冷泉(ごれいぜい)天皇(1045〜68)を呪うために、その名を記した紙を愛染明王像の手にのせて修法を行ったと記されています。

光を射る愛染明王

 通常は左右の手それぞれに弓と矢を持っている愛染明王ですが、顔の正面で弓を構え、天に向かってまさに弓を引こうとしている「天弓(てんきゅう)愛染明王」という像があります。基本的に像の意味するところは同じですが、この姿は瑜衹経の中の「衆星の光を射るがごとし」という文言を再現しています。

参考文献
・根立 研介「愛染明王像」(『日本の美術』第376号) 至文堂 1997.9
・奈良六大寺大観刊行会編「西大寺」(『奈良六大寺大観』第14巻) 岩波書店 2001.11

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